『バスラの図書館員―イラクで本当にあった話』
ジャネット・ウィンター絵と文 長田弘 訳 〔2006年刊〕
B5判 32頁 定価:1,980円(本体1,800円)
978-4-7949-2042-3 C8798
バスラはイラク南部の文化都市。2003年春、イラク戦争開戦の空爆から本を守るため、3万冊もの蔵書を自宅へ運び避難させた女性図書館員がいました。この実話はニューヨークタイムズ紙で紹介されたのち、絵本となりました。小社刊の日本語版は、詩人・長田弘さんの翻訳で、やまねこ翻訳大賞絵本部門(主催:社団法人全国学校図書館協議会・毎日新聞社)を受賞しました。
ニューヨークタイムズ紙 2003年7月27日付記事
アリア・ムハンマド・バクルさんの家は本でいっぱいだ。積み重なった本、食器戸棚の中の本、救援食糧のように小麦袋に詰めこまれた本。古い冷蔵庫の中にも本。窓のカーテンを開いても外は見えず、本だけが積まれている。
英語の本、アラビア語の本、スペイン語版のコーラン。手稿もあり、そのいくつかは数百年前のもので、アラビア語文法の到達点を示すとともに時代を語っている。1300年代の預言者ムハンマド伝もある。アリアさんによれば、本の総数は3万冊で、雑誌も含まれている。
これらの本は避難中であり、50歳の図書館員であるアリアさんは、さしずめ地下ルートのエンジニアだ。イギリス軍が2003年4月初めにバスラを襲撃したとき、アリアさんは本をバスラ市中央図書館から高さ7フィートの壁を越えて運び出し、最初は友人の経営するレストランの厨房へ、それからトラックで自宅へと運んだ。救出活動には、友人や図書館の同僚も動員された。
救い出された本は、図書館の蔵書の70パーセントにあたる。9日後、図書館の建物は火に包まれた。バグダッドでは、国立図書館や豪華本のコーランを所蔵する政府機関を略奪者たちが襲い、建物は燃えくすぶる廃墟と化してしまったから、バスラで本が救出されたことはなおさら驚きだった。バスラの図書館から研究のために持ち出された手稿本は破壊されてしまったというのに。
救出された本がある一方で、主任司書歴14年のアリアさんは図書館に残さざるをえなかった本を嘆く。
「本に火がつくなんて、まるで戦場のようです」アリアさんは言う。「あれらの本、歴史や文化や哲学の本が、『なぜ、なぜ、なぜ』と叫んでいるのが聞こえる」
戦争が始まる前に、アリアさんは本を安全な場所へ移すための許可をバスラ市当局に求めたが、説明なしに却下された。
しかしアリアさんは簡単にはあきらめなかった。図書館は貸し出し停止状態だったが、アリアさんはここ数年、本を読者の手にすべりこませたり、自宅へ送ったりしていた。
「コーランでは、神がムハンマドに最初に告げるのは『読みなさい』ということです」
アリアさんの手で、図書館はサロンになり、医師や法律家、教授やアーティストたちが午後に集まった。「わたしのオフィスは高官たちのものではありません。それは集いのための部屋でした」
戦争が始まるやいなや、天井の高い縦長の近代的な集合建築である図書館内に役所が疎開してきて、対射砲が屋上に設置された。アリアさんたちによれば、これは政府の計算された計画の一部であって、政府は図書館なら爆撃をまぬがれるだろう、もし爆撃したら連合軍は評判を落とすだろうと考えていたという。
アリアさんは働きつづけ、図書館の蔵書を守るという個人的な計画を実行し、毎晩、自動車を本でいっぱいにして自宅へと持ち帰った。
4月6日、イギリス軍がバスラ市に侵攻した日、作業はあらためて急を要した。正午に、アリアさんたちは政府の役人たちが逃げ去ったのを知った。翌朝、砲火が上空をみたしたとき、アリアさんは図書館を点検していた。
まずアリアさんは隣にあるレストラン「ハムダン」に電話をかけ、レストランの主人アニス・ムハンマドさんに助けを求めた。図書館では絨毯、家具、照明器具がすでに略奪されていた。「わたしに何ができたと思う?」ムハンマドさんはアリアさんの頼みを思い出して語る。「図書館の本はバスラの歴史全体なんだ」
ムハンマドさん(49歳)は兄弟や友人の助けを得た。腕に持てるだけの本が図書館から運び出されては、壁の向こう側で待ち構えている人に手渡され、「ハムダン」のからっぽにされた厨房に詰めこまれた。
商店街の店主たちが加わり、つづいて近所の人たちが協力しはじめた。彼らは麻袋や箱を使い、アリアさんは図書館のカーテンで本をくるんだ。人びとは翌日の午後まで働きつづけ、ひとつをのぞき、あらゆるテーマの本を運んだ。(中略)
アリアさんは、図書館が再建されたら引退するのだという。
爆撃で燃えてしまった図書館ですが、その後無事に再建されました。3万冊の本は図書館に戻され、新しい本も増えて、アリアさんは今、館長として元気に働いています。新しい本の帯にはアリアさんの笑顔のアリアさんが載っています。